【1日目】
雲一つない快晴の中、キャセイパシフィック航空の旅客機は順調に飛んでいきます。 関西国際空港から香港まで約4時間のフライト。
広東語字幕の映画を一本観終わったちょうどそのころ、香港国際空港へ到着です。 地下鉄の駅を下りてホテルに到着したらもう夕方でした。 チェックインは少し緊張しながら2年ぶりの英語でやりとりします。
“部屋を誰かとシェアしていますね?”
私は明日到着する合気道神戸三田道場の淺村氏と同部屋と聞いていましたので迷わず “Yes”と答えました。
このことが、数時間後にサプライズを起こすことになったのですが…とにかく部屋へ。
部屋は簡素ですが十分な広さ、シャワーもよく出ます。テレビをつけ、チャンネルを一通り見た後は、ガイドブックをバックに忍ばせ、地下鉄に乗り込んで繁華街をうろつきます。
しばし香港人になった気分に・・・。
ペニンシュラホテルのブテッィクでオリジナルブレンドの紅茶を購入、さらに、前回も訪れた英記茶荘で本場の烏龍茶を購入します。
しばし香港セレブな気分に・・・ところが出されたパンフレットには日本語が・・・なんと、最近東京にも出店したとか・・・。
「そごう香港店」でポカリスエット、味噌汁など購入して明日以降に備えます。 香港合気道協会35周年記念式典に招待されましたわれらが堀井師範に随行し、合気道神戸三田道場と
あまがさき合気道クラブから、合わせて10名の参加です。
前回の香港訪問に引き続いて2度目の香港でしたが、今回も笑いあり、涙あり、そしてサプライズありの5日間でした。
【2日目・未明!】
なぜ2日目は未明から始まるのか。 私だってそんなことを考えもしないでぐっすりと眠っていました。
すると突然、「ドンドンドンドン!」
けたたましくドアをノックする音で飛び起きました。部屋はもちろん真っ暗です。
訳もわからずのぞき穴から外を見ると、ホテルスタッフらしき男性と、バックパッカーのような男性の2人が申し訳なさそうにこちらを向いています。
「さては新手の強盗か?香港で、しかもこんな夜中に実戦合気道か?しかし強盗が来るにしては正面すぎるし安いホテルや。」
私の頭はとっさに、しかし一瞬で、相手が侵入しようとしてきた場合の対処法を判断し、ゆっくりとドアを開けます。
『どうも、夜分にすみません。私はタイ・バンコクのRenbukan道場の吉岡と言います。たったいま香港に着いたんです。』
あれっ?日本語…しかもかなり流暢です。バックパッカーではなく、明日からの香港合気道協会35周年講習会の参加者でした。
どうやらホテルスタッフも本物のようです。
日本語で話せたことと、実戦合気道をしなくて済んだことで私はほっとして、私は一日ぶりの、吉岡さんは何年かぶりの日本語で話し始めました。
聞くと、吉岡さんは日系3世のカナダ人で、トロント育ち。
後になって、吉岡さんと同部屋になったことはホテルの手違いだったことが判明しますが、これがきっかけで吉岡さんやRenbukan道場の方々と友達になりました。
【道場はどこ?】
2日目の朝。朝食をそこそこに済ませ、数時間前からルームメイトになった吉岡氏と、お互いの合気道の稽古暦について紹介しあいながら道場へ向かいます。
道場はどこにあるのか?…その答えは「ホテルの中」にあるのです。
正確には客室とは別棟になっていて、会議室やプール、体育館(畳を敷けば道場!)がホテルに併設されており、部屋で道着に着替えてサンダルで道場へ向かいます。
たいへん便利なロケーションです。
道場となっている体育館は350畳ほど。香港の夏は40℃くらいになるせいか、巨大な空調ダクトが壁を這うように何本も設置されています。
【講習会】
いよいよ35周年記念行事、講習会の始まりです。
日本では記念行事といえば演武会が主流ですが、海外では講習会を行うところが多いようです。
今回の講習会は、一日5時間、3日間で合計15時間に及びます。
講師の先生方は全員六段以上、参加者は世界25カ国から集まっており、35周年というだけあって見るからに屈強そうな人もいます。
ここでは参加した講習会での先生方のご指導の一部をご紹介します。
【ケン・コティエ師範】
オープニングは35年前に初めて香港で合気道道場を開かれた、香港合気道協会会長のケン・コティエ師範の講習から始まります。
まずは準備体操の代わりに背伸を3通り、次に片手取から、1つの相手の攻撃パターンに対し、数パターンの捌きを流れるように説明されます。
時折ジョークを交えて、まだ硬い感じの初回の稽古の雰囲気をなごませると、再び真剣な表情になり多彩な捌きや技を披露されます。
『脇をあけない、肘を上げない。』などの基本を大切にしながらも、相手のウラをかくトリッキーな動きを交え、その多彩さには長年の経験と合気道に対する深い愛情を感じます。
1時間の稽古はあっという間に終わり、15分休憩を挟んでまた次の稽古が始まります。
【フィリップ・リー師範】
次の稽古は、シンガポールを中心に活動されている心柔会のフィリップ・リー師範のクラスです。
リー師範の動きは、まるで太極拳のように丸く柔らかく、体裁きは基本に忠実です。
最初は基本技から始まりましたが、中盤からはそれをベースに、まるでデパートのように応用技を繰り出されます。
肩取りから、小手返し⇒四方投げ⇒入身投げの3連続技、というのもやりました。
【昼食は回転寿司へ…】
そうこうしているうちに午前の2クラスは終わり、心地よい疲れとともに昼食へ向かいます。
タイ・Renbukan道場のメンバーに誘っていただき4人で店を探します。
この4人、日本人とカナダ人とアメリカ人とフランス人(全員違う国籍!)は、歩きながら自己紹介をした後、目に入った回転寿司店に入ることにします。
会話は英語で、寿司の話やら仕事の話やら色々…『タイに来たときはぜひうちの道場へおいでよ。暑いので道着を2着持って!』と誘っていただきました。
【フェルナンデス・ロッソ師範】
『本当はここで一発当身を入れるんだけど、ランチが台無しになっちゃうからやめとこう。』
そんなジョークで始まったロッソ師範の稽古は、説明は簡潔にして参加者をどんどん稽古させていく、堀井師範の稽古に一番似た雰囲気でした。
片手取、諸手取りからの応用技を、入身と転換など一度に数パターン稽古する上級者向けの稽古です。
【日本と海外での講習会の違い】
初めての海外での講習会でしたが、そこは世界90カ国に広がる合気道。
日本での稽古とさほどの変化はありません。
気づいたところは3点。
まずは体格差です。体重・100超級(目視により推測)、身長・190cm位の人なども少なくはないです。
体捌きと技の正確性とスピードが求められます。
そして何よりも”技の切れ”。剣で切るように崩す、堀井師範の教えを実践すれば体格差を超えて技は活きてきます。
2つ目は英語での指導です。技は見ればわかりますが、早口の英語で説明されると私のような普通の日本人には細かいニュアンスがヒアリングできない。
ヒアリングできなかった場合は、組んだ相手に「What he said?」と尋ねると、たいていは理解できました。
3つ目は稽古方法です。1日5時間に及ぶ稽古に体力が持つか心配でしたが、この講習会では、稽古中に指導者が誰かと組んで技をやりだすと、多数の人が指導者の技を見るために足を止めて座ってしまいます。
座ってしまう人は、技の動きがよくわからないのかもしれませんし、太っちょのおじさん達とっては体力温存の狙いもあるのかもしれませんが、自分としては稽古したいのに相手が座ってしまってはどうしようもありません。
やはり体で考えるのが合気道の稽古だと私は思いました。
以上のような違いはありましたが、稽古して共に汗を流すうちに相手の出身国など気にしなくなってきます。
また、体格や腕力があるからといって、それを誇示しようとする人は私が稽古した限りはいませんでした。「いたずらに力を競うことをせず、しっかりと受けを取りお互いの技術の向上をはかる」という合気道の理念は、海外でも生きています。
それに、日本人からみれば体格が大きな人も、彼らの国に帰ればさらに体格の大きな人がいる・・・治安のいい国ばかりではありません・・・武道や護身術を学ぶことはあらゆる国の人々にとって大変価値のあることなのです。
私たち日本人が、一番その価値に気づいていないのではないでしょうか。
【やっと合流】
5時間に及ぶ稽古が終わったちょうどその頃、堀井師範一行が会場へ到着され、少しの打合わせの後、着替えて夕食へ。
夕食は広東料理のコースを千葉県・北総合気会の方々と一緒に楽しみました。
その後、旧友のベトナム・ハノイ合気会 竹中氏らと共に屋台で再開を祝しました。
【3日目・堀井師範の講習会の前に・・・】
この日は午後2時15分から堀井師範のクラスですが、午前は観光に出かけます。
師範いわく、「稽古は日本でしっかりやったらええねん。」とのことで、セントラルまで地下鉄で向かい、そこから歩いてヴィクトリアパークへ。
香港には10回近く来訪されている堀井師範には、お決まりの観光コースはすでにチェック済み。
ところが、快晴の中、10時になっても香港の店舗は一向に開店する気配がありません。
日中が大変暑くなるためか、開店時刻が午前11時から正午頃と遅い代わりに、閉店時刻は午後11時頃というのが一般的なようです。
スターフェリーで九龍半島へ渡り、地下鉄でホテル近くまで戻り昼食をとった後はいよいよ堀井師範の講習です。
【堀井 悦二 師範】
午後2時15分 堀井悦二師範の稽古が始まりました。
堀井師範は海外での講習会でも合気道神戸三田道場や当会での稽古と同様に、体さばきや基本技を丁寧に、そして力強く指導されます。
(財)合気会本部道場での内弟子時代から、海外でのご指導は数十回に及ばれます。
今回は特に、入身、転換など基本の足捌きの大切さを強調しておられたと感じられました。
稽古の最初に体操をされ、次に、入身と転換を指導されます。
その後、片手取りから呼吸法や一教、四方投げ、入身投げなど基本技を、崩しと足捌きを簡潔に英語でされて、後はどんどん参加者と実際に組んで指導され、まさに“体で覚えろ!”と言わんばかりの迫力ある稽古です。
“send out!”という言葉を何度も指導されていました。これは、力を自らの内側に込めてしまうのではなく外へ出す、呼吸力を出して行くという意味だと私は感じました。
【堀井師範が囲まれた・・・!?】
講習会が終わると、何やら海外の道場の方々から堀井師範が囲まれています。
これは乱闘?もしや実践合気道か!?・・・どうやら記念撮影のお願いのようです。
次から次へと正面を背景に記念撮影に応じられる堀井師範のご様子は、海外での知名度の高さからすると当然といえるでしょう。
その後、着替えて夕食の場所に向かいますが、今夜は少し離れた場所に行くことと、その途中で香港合気道協会のマイケル・リャン氏が是非案内したい場所があるそうです。
【マイクロバスの向かった先】
交通渋滞を抜けるのに十五分ほどかかり、海底トンネルを通過してしばらくするとマイクロバスは商業ビルが立ち並ぶ地域で止まりました。
中くらいの商業ビルのエレベーターを昇ると、そこには合気道専用道場が。
マイケル・リャン氏が私財を投じて開設された私設道場『香港合気道館』です。
広さは20畳ほどですが、ライブラリーや開祖直筆の掛け軸もあり立派です。
東京の一等地以上といわれている香港の地価ですから、これだけの道場を開設できるのもビジネスマンとしても成功されたマイケル・リャン氏だからできたのでしょう。
【日本語、広東語、北京語、英語】
今夜も広東料理のコース。メンバーは、日本、香港、シンガポール、マレーシアの各道場の方々で、日本語、広東語、北京語、英語が行き交う中、レストランのフロア全体に広がる心地よい喧騒は、まさしく国際都市・香港らしい雰囲気です。
【やっぱり、稽古!】
4日目の朝、この日は香港合気道協会35周年記念講習会の最終日です。
師範と何人かの門下生は観光に出かけられましたが、私はどうしても講習会1日目に稽古した人たちともう一度稽古がしたくなり、10時から稽古に出ました。
『Good morning! Hi, How are you?』などとちょっと知ったふりをして、顔見知りに声をかけて、稽古をして・・・あっという間に時間は過ぎていきます。
【藤田 昌武 師範】
3日間に及ぶ講習会の最後を締められるのは、合気道本部道場指導部の藤田昌武師範です。合気道開祖・植芝盛平翁先生のご指導を13年間受けられ、いまもビデオなどで開祖の技を研究されているそうです。
今回の稽古の中では、内入身、外入身、内転換、外転換の4つの体捌きを実際に見せながらご指導されていました。
『技はやりません。体捌きをしっかりと覚えてください。技は国に帰ってからやってください。』
というお言葉通り、技の稽古は一つもありませんでしたし、体捌きの稽古の時間も数分で、ほとんどの時間を説明に費やされました。
説明は日本語で、通訳は峰岸師範、受けはロッソ師範で、時折ユーモアを交えて説明されるのは、やはり海外だからでしょうか。
特に海外の方にはめったに参加できない本部師範の講習会だけあって、目を皿のようにして師範の説明に聞き入る人ばかりでした。
【集合写真に一苦労・・・】
講習会も盛会のうちに終了し、最後に参加者全員で集合写真をとるようです。
まずは指導者の方々のみで撮影したあと、次は全員での撮影でしたが、数百名に膨れ上がった参加者の前に、私の持っている普通のデジタルカメラでは幅が入りきりませんでした。
【いよいよパーティーの始まり】
パーティーは講習会会場から徒歩3分ほどのレストランを貸し切って行われます。
最初は立食形式で、ドリンクやスナック片手に、稽古で友達になった人をめぐって歩きます。
一時間ほどが経ち、『このまま終わるんかな・・・ちょっと会場が狭いな・・・。』と思っていた矢先、突然ツイタテが撤去され、数十の円卓が現れます。
さらに、つい先ほどまで立食パーティーが行われていた場所にも、ものすごい勢いで円卓が設置されて、追っかけ全員分の食器も置かれ、記念式典の始まりがアナウンスされます。
その設置作業のすばやさは、まさに”香港”を感じさせるものでした。
【まずは一言?】
最初に、スピーチが長いことで有名な香港合気道協会会長のケン・コティエ師範からあいさつです。
『皆様本日はありがとうございます。今回、世界25カ国からの参加者がありました。
・・・・(中略)・・・実は昨日、三十周年記念式パーティーのビデオをみてビックリしました。
私のスピーチ、ひとりで20分もしゃべってる!!・・・なので今日は18分にしておくよ。』
会場は爆笑のうずに包まれ、そこからはてんやわんやの盛り上がりです。
料理も素晴らしく、豪華な広東料理の数々が次から次へと運ばれてくる中、喋るのと食べるのと笑うのとでみんな大忙しといった感じです。
最後はどうやってシメるのか・・・あれっ!?流れ解散でシメはなしだそうで、満足した人から三々五々にホテルや自宅に帰って行きます。
これが”香港式おひらき”なのでしょうか。
パーティーが終われば、香港での滞在も終わり帰国の途に着きます。
【35周年記念誌で見た、2枚の写真】
帰りの飛行機の中で、香港でいただいた35周年記念誌を開きました。
ふと記念誌の表紙を見ると、35年前と現在の、2枚の集合写真が載っています。
「1971」と書かれた35年前の写真には、若き日のコティエ師範とマイケル・リャン先生がおられ、道場は小さくて簡素な様子ですが、子供達の後ろで満足そうに微笑んでいます。
先生方はこの35年間途切れることなく、合気道の普及発展と人材の育成に力を注がれてきたのでしょう。
植芝盛平翁先生が創始され、先輩方が守り、稽古し、日本や香港や世界中で発展させてこられた合気道。
次は誰が合気道を伝えて行くのでしょう?
・・・それは、私たちです。
35年後には自分も同じように年をとります。誰でも年をとります。
それまでに何ができるのでしょう。
前回の旅でも感じましたが、武道の技と精神は世界に誇れる日本の宝です。
次の世代に伝えていかなくてはならない宝です。
その中心を担う存在に、いま40代50代の先生方や、私たちがなろうとしているのではないでしょうか。
次の世代に、そして世界に合気道を伝えていくのは・・・もしかすると、この文を読んでいるあなたなのかも知れません。
(おわり)
(文=藤田隆充 / 写真=香港合気道協会、宇井督、藤田隆充) Amagasaki